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人は言語で思考するのではない

2026/03/25

人間は言語によって思考していると思っている人がツイッターには多くいるけど、そうではないと思う。言語は思考の補助に使っているにすぎない。人間は思考の記録と伝達に言語を使っているけど、言語で思考しているわけではない。

AIが言語によって思考しているというのも本当かどうかわからない。LLMの仕組みはよく知らないけど、言語を多次元空間にマッピングしたデータを使って思考しているのであって、言語で思考しているわけではないのではないか。

人は言語だけで思考するのではない。絵を描くときは映像で思考し、音楽をするときは音で思考し、スポーツをするときは身体の動きで思考している。ここまでは当たり前だが、実は文章を書く時も、まず観念で思考し、それから観念を言語に写し取るということをやっている。

だから、文章を書いたり言葉を喋ったりする時ですら、言語を使いはするが、「言語で思考している」わけではない。思考するときに頭の中で動き回り、変形したり結合したりしているのは観念であり、言語はその観念を写しとって固定するためのものなのだ。

正確には、人は頭の中で、観念と言語の間を行ったり来たりしながら思考している。観念はすぐに消えてしまうが、観念を言語化すれば固定されて記憶に留めおくことができ、それを見て浮かんだ印象からさらに新しい観念が連想され、その観念を他の観念と比べたり結合したりすることで思考が進んでいく。

言語はそれ自体で、ある言葉から似た言葉を連想したり、ある言葉からその後に続く言葉が自然と引き出されたりする作用がある。この作用を「言語で思考する」と言うのかもしれない。

思考とは何か

思考とは何か、については、私は人間もAIも思考しているし、電卓だって思考していると言えると思う。問題はどれくらい複雑な物理現象から思考と呼ぶかで、たとえばリンゴが木から落ちるのは思考とは呼ばない、というくらいに、日常的な感覚から用語を定義づけるしかないと思う。

出典:https://twilog.togetter.com/teiwv/date-260325