夢と記憶
2026/03/22
すごく嫌な夢を見て起きて思った。夢を見た直後に起きたらその夢は覚えているけど、そうでない時にも夢は見ているはずなのだ。なのに記憶に残っていない夢は見なかったのと同じことになっている。どんなに嫌な夢でもどんなに楽しい夢でも、起きたときに覚えていなかったら見なかったのと同じことなのか。いや確かに見ているその瞬間には、私は夢を鮮明に体験しているはずなのだ。だけど起きた時にはもう、その夢を観測できる人は世界に一人もいない。その夢があったことを私は知らないし、誰も知らない。だからその夢はなかったのと同じことになっているのだ。これって不思議じゃないか。これと同じことが5億年ボタンという思考実験で言われている。体験しているときの記憶が綺麗さっぱり消されるならどんな苦しい体験をしたって私には関係ないんじゃないか。直感的にはそうではないと思うが、しかし夢の体験を実感した後だと、あながちただの空論とは思えなくなってくる。これってかなり恐ろしいことだ。記憶のないうちに自分の身に誰が起こっていても知りようがないのだから。このことについて深く考えるとぞっと背筋が冷たくなる。これは自我の連続性と存在論についての哲学的に深遠な問いである。(世界5分前仮説も同様のことを言っている。)ちなみに「5億年ボタン」はこの問題に加えて、何もない世界で半永久的に生きなければならなくなったら人間はどうなるか、という面白い問いに答えている。一つのストーリーに2つの思考実験が入っている、なんともお得なコンテンツなのだ。